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ネコハウス

気付けば、生活の中心が猫でした。

何かを望むなら、「いつか」がいつか?を考えること。

もの・こと もの・こと-考え方

こんばんは、ヤマネコです。

これまでも地道に色々なものを手放してきましたが、今年に入ってからは「長年迷っていたもの」をうまく整理できるようになりました。

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※本日、いつもより念入りに階段を拭き掃除しました。

たとえば大量の香水。大事に集めていたもの。けれど今は、手放すのも持ち続けるのも心苦しく、且つ処分が難しかったもの。

或いは20年以上前のゲーム機。知識が乏しく活用できないもの。それなのに、預かり品で勝手に処分できなかったもの。

家具にしても、服にしてもそうでした。

これらはようやく折り合いをつけた上で、大きな手間をかけず、何より「捨てる」以外の方法でうまく手放すことができたと思います。スペースが増え、肩の荷が下り、モヤモヤも晴れ、ずっと引きずるような後悔もなく。いつか手放したい、と思っていたものの呪縛から、すこしずつ解放されている気がしました。


一方で、ずっと望んでいた「普段の暮らしに和服を取り入れること」も叶いました。まだまだ始めた段階ですが、一歩目は踏み出せたかなと。


私は手放すのも、手に入れるのも、ずっと「いつか」と思っていました。

いつか。
そのうち。
時が来たら。

私は今、その時を待っている段階。

色々理由をつけて先送りにしていたのですが、ほとんどの「いつか」は勝手に来てくれませんでした。

やめたいことをやめる、いつか。
やりたいことをする、いつか。

過去には、流れに身を任せていたら、なんとなく「いつか」と巡り合えたこともありましたが、すごく稀であり、幸運なことだったのだと思います。タイミング待ちというのはある意味ギャンブル的で、それを気長に待ったり、楽しめれば良いのですが、私にとっては悩みや迷いを長引かせることのほうが多かったなと。

どんな行動を起こすにしても、「いつか」というのは「自分が決断した時」のこと。それは、今でも、明日でもいい。決断が早ければ、その分早く結果が出ます。


ただ、誰もが「いつか」を「今」にする必要はないとも思うんです。気持ちの整理がつくまでは「いつか」を待ってもいいと思う。その「いつか」というのは、絶対にいい結果が出せると確信できた時のことではなくて、どんな結果が出ても受け止められる、そう心構えができた時。

あとは、本当に動き出したい気持ちがあるのなら、その「いつか」がいつなのか?という自問自答をすること。できれば定期的に。そして、たまには努力する。


いつか○○したい。
でも、まだその覚悟はない。

でも、△△ならできる。


助走なく、いきなり身の丈を跳び越えるのは無理な話。跳べるハードルを増やしていくことが、「いつか」につながるのだと思っています。


本日の猫。

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「ん?カメラ?」

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「ほーら可愛いカオ~」

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「うるさいっ!」